「ソーシャルメディアでも記録を作った」と総括されたラグビーワールドカップ2019の裏側く
冒頭、ラグビーワールドカップ2019 でのソーシャルメディア運用の方向性について、株式会社電通グローバルスポーツ局国際ラグビー業務部の柏原元は、「期間中の運用方針として、過去の国際大会でのSNS運用経験から『とにかく情報は熱いうちに投稿して話題になるように』と考えていた」と述べ、各公式アカウントの莫大な投稿回数を披露した。

続けて、元ラグビーワールドカップ2019組織委員会デジタルチームリーダーの河原井瑛太氏は、「投稿の前に準備していたのは、大会スケジュールや選手入場、スポンサーアクティベーションの情報だった。すべての投稿内容は、『感動と興奮の瞬間』『Behind the scenses』『ノーサイド精神』『盛り上がる海外ファン』『ファンの知りたいに応える』『UGC』と、6つの軸を中心に柔軟に考え、全体を通して『ラグビーは楽しい』という空気感を伝えられるように努めていた。そのために、ソーシャルリスニングを実施し、リアルタイムでファンの反応を見ながら投稿の内容を決めていた」と述べ、そのための体制について下図を元に解説した。

“にわかファン”だからこその気づきを投稿に生かす
特に、感動と興奮の瞬間を伝えるために、ファインプレーやスーパープレーが披露されてから最短1〜2分でハイライトの動画を投稿したり、ゲーム風に加工した動画などを投稿するのが今回の大会公式アカウントの妙味だったと言えるだろう。このような投稿について柏原は、「試合がない期間にいわゆる“にわかファン”が離れたり、退屈したりしないように、という思いだった」と、ねらいを語った。

また、同メンバーのうちラグビー未経験者でもあった株式会社サニーサイドアップスポーツ局田中美果子氏は、「もともとスポーツ観戦自体がとても好きなので、ラグビーについても興味はあった。河原井さんや柏原さんの話を聞くうちに『それを知っていたら、ラグビーファン初心者たちはもっと楽しめるはず!』と思うことがたくさんあり、そうした投稿を増やすためにも、PCと試合の中継を同時に見ながら、中継中に出たラグビー用語やツイッターで話題になっている名プレーをリサーチし、その中からファンが興味を持ちそうなものを公式のツイッターから“答え”として投稿していった。それがファンに拾われ、うまく盛り上がっていく、いい循環が生み出せていたと思う」と、ソーシャルメディアの盛り上がりを加速させるヒントを示した。
こうしたリアルタイムでの投稿作成について河原井氏は、「今回気をつけた点のひとつは、ラグビー経験者なら『当たり前』と思っているけれど一般的には知られていないルールやラグビー文化がある、という発想を持つことだった。田中さんの存在はその発想を刺激してくれるものだったし、期間中も『それ、おもしろい!』と言ってくれたことが、投稿のネタになるような場面は何度もあった」とし、同氏のような存在が視野を広げてくれた、と述べた。

ファンが盛り上がる投稿を支えるOneTeam〜制作の場が見せてくれた日本文化へのリスペクト
タイムリーで柔軟なソーシャルメディア投稿を支える体制が組織化できた背景について、河原井氏は、「大会参加規定のうち12ページ分がソーシャルメディア関連のことだった。参加チームには事前に『やってほしいこと、やってほしくないこと』を伝えられていた。試合は素晴らしいものになるとわかっていたが、それ以外にも感動・共感できるストーリーが多く存在することは分かっていたので、それを伝えられるよう、各チームのマネージャーとWhat's UPで繋がって『出せるエピソード』をもらっていた」とし、本大会の公式アカウントがここまで活発に運用ができた理由のひとつは、「ラグビーW杯のグローバルマーケ担当者の存在が大きい。コアファンとライトファンのどちらにも情報を伝えることがスポーツ好きを広げるきっかけになる、と言ってくれていた。本当に感謝している」とした。

他方、ファンの反応を左右する動画や画像といったクリエイティブについて柏原は、すでにW杯側がロンドンの制作会社と契約していた、と説明。「英国にいる制作チームは日本の文化やホスト国としての日本を本当にリスペクトしてくれていた。土俵をモチーフにしたものや、コミック風にアレンジしたグラフィックなど、クリエイティブに関しては日本のファンが見ても大変好評だったと思う」と振り返り、日本らしさを感じるクリエイティブが上がってきて、日本人として率直に嬉しかった、とした。
海外のクリエイティブは時短・速さ重視で、多少粗さが目立つようなものも少なくない。そうした海外ネット文化の微妙な違いも含めて、投稿が日本のファンに受け入れてもらえたことに3名はそろって安堵の表情を浮かべた。
リスクマネジメントの判断材料を提供するという新たな役割
大会当初、飲食物の持ち込みルールの厳しさについて、たくさんのクレームが寄せられたことは周知の通りだ。それを受けて、期間中にルール変更が行われた点は極めて珍しいことだと言える。実はこの変更にも、ソーシャルメディアが活用されたそうだ。
河原井氏は、「持ち込みができないことへのクレームは、ソーシャルメディア上の問題だけでなく、大会全体に関わること。私たちのほか、広報や現場の話を委員会で話し合い、あのような決定になった。その際の判断にソーシャルメディアでの反応が役立てられた」と、レピュテーションリスク・マネジメントに大きな役割を担った点に触れた。
公式の強み、メディアにネタを提供する場としてのソーシャルメディア
本大会では、直前から期間中にかけてツイッターをはじめとするソーシャルメディアのフォロワー数が右肩上がりに増加した点も話題になった。これについて柏原は、フォロワー数がすべてではない、との意見を次のように述べた。
「開幕時に10万人だったツイッターのフォロワー数は、閉幕時は27万人まで増加していた。ただし27万というのは決して大きくない数字。それでもこうして大きなうねりを生み出せたのは、情報をどこよりも早く正確に出したことと、それをTVやwebメディアがネタ元として追ってくれたことで、話題を更に大きなものにすることができたから。SNSが目指すべきはフォロワーの多さだけではないと実感した」。
河原井氏も、「記事のネタ探しに大会公式アカウントをチェックしていた、というメディア関係者の声がたびたび聞かれた。情報が早く、信頼できる、とのことだった。やはりメディアの力は強いわけだが、そのメディアがネタ探しに私たちのツイートを見てくれていたことは自信になった」とし、公式アカウントが持つ役割を改めて示した。

一方、大会が盛り上がるほど、スポンサー企業にとっては「できないことが多い」と感じる向きもあったようだ。
この点について柏原は、「確かにスポンサー企業がソーシャルメディア上でできないことは多かったかもしれない。だが、難しいところはあったとしても、その企業でしかできないことはあると思う。独自コンテンツをどれだけ作れるか、たとえば練習に密着するなど『やれることを探してみる』というのもひとつの手だろう。今回も試合以外の場面にたくさんのストーリーがあったので、そこが打開策のヒントになると思う」と、スポンサー企業の強みの見つけ方について、アイデアを提示した。
すべてのファンがそれぞれの視点でスポーツを楽しみ、ソーシャルメディアで感動を分かち合う喜びを
最後に、世界規模のスポーツイベントをはじめ、イベントを盛り上げるためのソーシャルメディア活用について河原井氏は、「ラグビーの場合は一種目だったが、これが増えれば文化や競技へのリスペクトを丁寧に示すことはとてもハードルの高い取り組みになると思う。しかし、一緒にスポーツを楽しむことが一番大事なことだ。スーパープレーが出た瞬間に、『選手がかっこいい』と感じたって、『戦略がすごい』と感じたって、そのほかのことに感動したって、なんでもいいと思う」と述べ、スポーツの楽しみ方は多様であることに触れた。

また、田中氏は「今回、ラグビーファンの反応を見ていて、『ラグビーファンは寛容に受け入れてくれる』と思ったし、今回の大会でファンになったひとが堂々と『にわかファンです』と言える雰囲気があったと思う」と述べ、それを広げる存在としてのソーシャルメディア運用の重要性を示唆した。

最後に柏原は、「公式ツイッターでは、ファンのリアクションを見ながらにわかファンのツイートを公式がRTして、それを既存のファンがポジティブなコメントつきでRTするような機会が何度もあった。また、今大会の試合後に各チームがお辞儀をすることが大会中盤以降のお決まりになった。こういったそれぞれの『文化のリスペクト』がTokyo2020でも起こると思う」と締めくくった。
