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2019.11.26 開催セミナーレポート

ブランディング視点のCX CX視点のブランディング

コミュニケーションの領域とコマースの領域が極めて近くなった今日、企業やブランドは、それらの全体像をどう捉え、何に配慮して取り組めばいいのか。電通アイソバーでは、クライアント企業とともに、マーケティングの変化を俯瞰し、状況をシンプルに捉えることでこの問いの答えを模索しています。
ここでは、電通アイソバー取締役の田中信哉が、これまで蓄積してきた議論の要点を「一般社団法人 ブランド戦略研究所」の東京第16回フォーラムで発表した内容をレポートします。

デジタルマーケティングが難しくなった今日

会の冒頭、田中は、「いま、デジタルマーケティングに携わるなかで、クライアントや仲間たちと会話していると、『誰もがわかっているけど、誰もがわかっていない難しい時代』だと感じる。マーケティング関連の流行語は溢れ、できることが増えているがゆえに、誰も全てを把握しているわけではない」とし、データ・ドリブンやトランスフォーメーションなどの流行語を並べれば「それらしく聞こえてしまう」でも、「企業やブランドは、それらの全体像をどう捉え、何に配慮して取り組めばいいのかについて、議論が複雑化する中にあっても、状況をシンプルに捉え、生活者との向き合い方にを考えることだ」と述べました。

さらに、今のデジタルマーケティング施策の問題点は、その「仕掛けが消費者に見えてしまっている」状態であるとし、「彼ら彼女らは、そうした仕掛けをより洗練させてうまくエスコートしてほしいと思っているのではないか」と、問題提起しました。

そうした状況において、CX(カスタマーエクスペリエンス)の議論を深めることは自然な流れだと言えるでしょう。製品やサービスなどの「目に見える価値」と、世界観を体感したり、それを追体験するような「目に見えない価値」を設計することにつながるからです。

では、実際にどのようにその考えを実現すればいいのでしょうか?  電通アイソバーが手掛けたCX designの例の一部を挙げると、航空会社「AIR DO」のLINEでの発券、搭乗できるサービス。オランダのフォルクスワーゲンの位置情報に基づいて物語がスマホ上で展開される子供向けのサービスなどがあります。そこで不可欠なのは、無機質な世界観ではなく、フレンドリーなインターフェイスで五感に訴えること。そして、世界観はもちろん、着眼点と手法にクリエイティビティが発揮されていることです。

■電通アイソバーの事例:株式会社AIRDO

https://www.dentsuisobar.com/works_solutions/airdo/

航空会社「AIRDO」は、CXの取り組みとしてチケットのオンライン販売からチェンクイン、搭乗までをLINE上で行なえるようにしました。これは、旅行客の「飛行機にスムーズに乗りたい」というニーズを中心に据え、かつ、常に手にしているスマホで飛行機の搭乗はもちろん、旅の情報を手早く見られるようにするシームレスな体験を通じて顧客の旅の充実をサポートする取り組みとです。大手航空会社との差別化という意味でも、有効な施策だと言えます。

■Isobar Netherlandsの事例:Volkswagen Nederland

https://www.isobar.com/global/en/work/volkswagen-road-tales/

クルマに乗っている時間が、子供たちにとってスマホやタブレットの時間になるのは、「由々しき事態だ」と考えたフォルクスワーゲン。そこで、位置情報に基づいて語られるストーリーを提供。ストーリーの内容は外の景色とリンクしているので、自然と窓の外を見るきっかけが生まれる、という仕掛けを展開しました。
現実と絵本のような世界がリンクしており、「世界観」の重要性についても改めて考えさせられる事例です。また、自動車メーカーとして「クルマに乗る本来の価値を、あらためて知ってほしい」という想いを体現しています。

CX実現のプロセスは、ゴールによって柔軟に変える

これらは、消費者に自社の世界観や“肌触り”を体感してもらいながら、企業が自社のサービス利用や商品購入などのゴールに導いた事例だと言えるでしょう。しかし、こうしたCXデザインは、他社の取り組みをそのまま踏襲できるはずがなく、それぞれ個社がカスタムメイドで作り上げなければならないものでもあります。
では、どのようにCXデザインを進め、実現させればいいのか。田中は次のステップが重要だと解説しました。

■サービスの視点・市場の把握を行なう上での議論の視点

・サービスをどう定義するか
・どういう市場にサービスやプロダクトを作っていくか?
・どんなコンテンツでコミュニケーションしていくか?
・UIはどうするのが最適か?
・どう改善するか?

なお、上記の議論の前に、「プロジェクトの規模が大きくなると、会社の内部の体制やスタンスをどうするかべきか、戦略・業務・システムをどのようにデジタルトランスフォームさせるかなど、クライアントが現在抱えている課題を明らかにするところから着手する場合もある」と、田中は言います。
そして、前記の議論の上で、次に取り掛かるのが「4D」の整理です。

■4Dの整理

・発見(Discover):問題状況の理解と発見
・定義づけ(Define):どういうビジネスをどのような人に向けて展開するのか
・デザイン(Design):どうやってアイデアを展開していくのか
・実装(Deliver):実装の方法やアウトプットの方法は

ユーザー起点でCXをドライブするチームとは

フレームワークを設定した上で、次に行なうのは「ユーザーをゴールに導く(買ってもらう、好きになってもらう)」ために、「動機付け(モチベーション、ときめき、世界観を好きになってもらう)」という横の矢印と、「障壁をなくす(フリクションレス、摩擦や障壁をなくす)」という下に向ける矢印の“2つの矢印“を考える必要がある」と田中は言います。

実際には、「動機付け」に関わる施策は分かりやすく言うと広告宣伝部門が、「障壁をなくす」という部分についてはデジタルマーケ部門が担当しているイメージです。
田中は、「部門が異なると、専門性やカルチャー、与えられているKPIも異なる。そのため2つの矢印を同時に進めるには混乱する場合があり、そこに難しさがある」と、指摘します。

そこで大切になるのが、俯瞰視点と客観視点です。
施策を検討する際などに、「いまどちらの(矢印の)議論をしているのか」を把握する俯瞰視点は、議論が脇道にそれた際に元に戻す力になり得るでしょう。ただし、そうした横断的なマネジメントができる人材は限られている、ことは明らかです。その打開策として、田中は、「それぞれの部門長が質の高い議論ができるような環境が作られていることが重要である」と述べました。

また「予算配分」についても議論の的になり、
「いま、動機付けと障壁をなくす施策のうち、自社はどちらに力を入れる必要があるのか」を見極め、適切なコスト・リソース投下が求められます。

他方、施策を考えるにあたり、ブランドの一貫性と柔軟性に配慮することも重要です。
特に、ブランドは一貫性を重視するものではありますが、優れたCXを考えるにあたって、ユーザーは必ずしもそれを重視しているわけではない、ということは、経験を積んだマーケターほど心に留めておく必要があるかもしれません。
田中も、「美しく洗練されたCMを展開しているならwebサイトなどデジタル領域もそうあってほしいと思う気持ちは強い。しかしユーザーは必ずしもそうではなく、使いやすさにも配慮した方が今日の消費者には合っているようだ」と、アイソバーのグローバル調査を元に語りました。

続けて、「クリエイティビティの発揮のしどころは、アウトプット(表現)はもちろんのこと、手法や着眼点の段階でも発揮されなくてはいけない」と、指摘しました。

また、企業のリーダーは、テクノロジーやデータを事業目的のように履き違えず、テクノロジーやデータの専門性のある企業といかにうまく付き合っていくかを考え、それらを「手段」として活用できるような発想が今後はより重要になってくることでしょう。

加えて、データを活用したパーソナライズ技術が進めば進むほど、企業からの提案に対しユーザーは「気が利く」と感じ、受け入れる可能性も高まるかもしれない一方、だからこそ「微妙な違い」が違和感や不快感となる段階も来るかもしれない、そうした起こりうる未来のことについても想いを巡らせる必要があるでしょう。
このことについて、田中は、「クリエイティビティの姿勢として“人間的な感覚に配慮すること”は大切なことであったし、これからもそれは変わることではないと感じている」と語りました。

この20年でブランドの姿は大きく変わった

かつて「自分たちは一番消費者に支持され、我こそは高い対価を支払われる存在だ」と、「頂点」を目指してきたブランドは、この10年で、「どれだけ先端であるか、どのくらいテクノロジーを取り入れているか」を競い合ってきたように感じられます。そうした意味で、この20年でブランドの姿は大きく変わったと言えるでしょう。

しかし今日はどうか。CXの視点に立つと「ブランドは、いかに生活者の日常に溶け込んでいるか」がキーになっていると感じられます。生活者に無意識に選ばれ、かつ、リプレイスしづらい存在になることこそ、ブランドの力を大きくすることだと言えるのではないでしょうか。

たとえば、Uberは配車サービスを展開することで、クルマの「所有」とクルマでの「移動」を分け、価値提供したと言い表せます。これによって、利用者はクルマでの移動を身近なものとして捉えるようになったとも考えられます。
また、先述の事例ようにコミュニケーションとコマースが溶け込んでもはやひとつになりつつあることも注目に値します。さらに、音楽や映画などのサブスクリプションモデルは、1回ごとにDVDを借りに行くという都度の行為を“一定金額で見放題”というふうに変化させました。
他方で、最近は製造業などでも少数多品種の可能になり、SNSなどを通じた消費者によるフィードバックも得やすくなったことから、製品やサービスを企業と消費者が「共創」という段階になってきています。

このような状況について田中は、
「プロダクトとサービスの境界線がなくなり一体化しつつある。特に、サブスクリプションはその流れのわかりやすい例だ。今はまだデジタルデバイスを中心にするビジネスの変化という認識にとどまっているかもしれないが、プロダクトとサービスの延長線上にインターフェイスと広告があり、その先にプロダクトを利用するユーザーが集まってコミュニティが形成される。さらにはそうしたコミュニティによってプロダクトに関するフィードバックが瞬時に行われる、という流れが確かにできつつある。こうしたビジネスの潮流を見ながら、新しいビジネスの在り方を考えなくてはいけない」としました。

つまり、価値をつくる主体は顧客・生活者になりつつあり、「企業が製品やサービスを提案すると、消費者によって価値が形作られるような仕組みができつつある」ということです。これからの企業は、この「新しい原理」を把握し、提案と共創に意識と行動をシフトしていく必要がある、と言えるでしょう。

ブランディングの未来像について

最後に田中は、ブランディングの未来像として、「今後、価値主導の思考回路を持っていないといけない。『生活者にどう価値を創ってもらうか』という発想が必要なのだと思う。そうなると、企業はそもそも何をする必要があるのか、という議論をせざるを得なくなってくる。だから最近あらためてPurpose(企業の存在意義)の議論になるのだと感じている」とし、この先に行われるであろう議論のテーマを3つ挙げました。

1.コミュニティとの対話力が求められる

上から目線のブランディングは通用しなくなる。企業が生活者を上から見るような意味合いの戦争用語(ターゲティング、セグメント)も現状にそぐわなくなる。その意味で、スタンス自体を変えることを迫られるだろう。

2.すべてのプロダクトはサービス化する

数年前、フィリップスがワシントンD.C.の駐車場の照明の入札で、「10年間光り続ける」という価値を納品した。こうした「価値だけを売る」ということは、テクノロジーの進化によって実現できるようになった。これはサービスやプロダクトを開発する上でのヒントになるように思う。

3.意識がモノとつながる

現在はまだアプリや企業のサービスが介在しているが、テクノロジーがさらに進化すれば、たとえば「人がいないところに電車を走らせたり、明かりで照らしたりする必要がない」と判断できるようになるかもしれない。つまり「必要なものが、望むところにだけにあり、享受できる」というのが本当のサービスになるのではないか。

そうしたうえで田中は「今後のテーマは、『境界線を溶かす』ことになるであろう。あらゆるプロダクトやサービスの境界線を溶かし、フリクションレスに進化させることを考えていきたい。だがその際、あらためて五感に訴えるクリエイティビティに回帰する時が来ると見ている。
そして、パーソナライズが進みすぎると、逆に偶発性やそれによって湧き出す“ときめき”が求められるようになるだろう。そんな時代に何が生活者を導くのか、思いを巡らせたい。もしかすると、CXを超え、HX(Human Experience)という新たな概念が生まれるのではないだろうか」と締めくくりました。

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